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チェーホフを訪ねて−サハリン編−
チェーホフについて 観光地マップ
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1890年にチェーホフが医師として当時流刑地であったサハリン島の流刑囚たちの生活・健康実態を調査するために旅した先を訪問。彼が拠点としていたアレクサンドロフスク・サハリンスキーやサハリン州の州都ユジノサハリンスク、稚内との航路を持つコルサコフを訪ねます。
三人兄弟の岩   チェーホフ像
 
中本信幸 先生
東京外語大学ロシア語学科卒業、ロシア文学演劇専攻。現在、神奈川大学名誉教授、演劇評論家。チェーホフ没後百年委員会運営委員長。日本トルストイ協会監事。2007年、ロシア最高の文化勲章であるプーシキンメダルを受賞。著書に「チェーホフのなかの日本」、「エカテリーナU世物語」など。
中本信幸先生
-Invitation-
日本からごく近いチェーホフゆかりの地・博物館は、直行便も就航し、海路フェリーで行ける「目と鼻の先」のサハリンにあります。わが国で最も愛されているロシア人・作家・医師チェーホフ(1860−1904)は、南ロシアの国際的な港湾都市タガンローグで生まれ、モスクワ大学医学部の学資稼ぎと、一家の家計を支えるために、雑文,小品をユーモア雑誌に寄稿し、やがて短編の名手として海外にも知られます。「サハリンは、耐えがたい苦痛の地です。このような土地では、自由な人間と奴隷だけが耐えることができます。」1890年、30歳のチェーホフは、単身シベリア経由でサハリンを訪れ、三か月にわたって「囚人の島」サハリンの歴史や実態を調査します。憧れた日本訪問は果たせず帰国しましたが、著作『サハリン島』は、サハリン開発に果たした日本人の貢献を強調し、日本人外交官との交遊についても書いています。間宮林蔵はじめ多くの日本人が訪れたアレクサンドロフスクは、1945年までサハリンの首都として栄え、にぎやかな文化的な町でした。サハリン体験は、チェーホフのその後の創作活動(『かもめ』『三人姉妹』『桜の園』)に決定的な影響を与えています。今回、チェーホフがアレクサンドロフスクで不眠不休の調査を終えて、南サハリンのコルサコフに移り、日本人と交流を深めた季節にチェーホフゆかりの地にご案内する楽しい旅です。
 
 

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